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U.新疆における歴史とその研究状況

こちらでは新疆における歴史とその研究情報を中華民国期と人民共和国期の二つに分けて紹介しています。下記のメニューからそれぞれのコンテンツをご覧下さい。

 1.中華民国期  2.中華人民共和国期


1.中華民国期

  1. 中華民国期の新疆(1912〜1949)

    満州人の王朝であった清朝が倒れ、1912年に中華民国の時代に入る。この時代、新疆では漢人支配者(楊増新・金樹仁・盛世才)による独裁的統治が44年まで続いた。また、中国自体の国家統合が脆弱なものであったため、新疆省政府の中央からの自立傾向が顕著であった。これに対し、トルコ系ムスリム側からは民族運動が起こり、民族主義的指導者の手によって主導された2回の大規模な反乱において「独立国」の樹立が試みられる。すなわち、1933年と44年に成立した二つの「東トルキスタン共和国」である。しかし、いずれの場合も、国際環境と中国という枠組の狭間で、トルコ系諸民族は自力のみによって自立性を維持することができず、最終的には中国に組み込まれ続けることとなった。

  2. 従来の研究

    従来の歴史研究においては、この時代の新疆を、主に中国語の史料に基づき、中国の辺境統治史の一端として描出する、もしくは新疆省政府の漢人支配者の統治のあり方を中心として再構成するという方法が主流をなしてきた。とくに中国・台湾における研究にはこのような傾向が顕著である。例えば、張大軍の大部の著作は、一般には触れ得ない政府档案など貴重な資料を駆使し、政治のみならず経済・文化等の局面についても詳細な叙述を実現している。ただし、もっぱら中国語資料を利用し、統治政策を基軸としている点は否定できない。このような特質は、近年の李信成による楊贈新研究においても基本的に踏襲されているように思われる。

    他方、欧米における研究においては、WhitingやNyman等の仕事を始めとして、新疆をめぐる中国・ソ連や列強の間の権力政治が主要な話題とされてきたきらいがある。日本においては、楊増新治政についての中田吉信の論考や中華人民共和国編入直前の状況に関する毛里和子の分析など、先駆的な仕事はあるものの、本格的研究は従来乏しいものであった。

  3. 近年の研究傾向と史料

    ところが、1980年代に入ってから、画期的とも言える業績が続々と産出されつつあるという印象を受ける。とくに、トルコ系ムスリム住民の動向に注目した研究が進展してきたことが近年の瞠目すべき動向であろう。それにともない、史料面でも、当時の新疆駐在領事の報告や、トルコ系ムスリムによって書かれた現地語の資料など、新たな根本史料が開拓されつつある。また、新疆の政治的シーンに関与した重要な政治的人物、すなわち包爾漢(ブルハン)、サイピディン(Saypidin、賽福鼎)、Isa Yusuf Alptekin(Mehmet Ali Tasciによる聞き書き)らの回想録が出版された。これらは、著者の解釈のもとにおける一般的な歴史叙述とともに、著者が直接関わった事件などについては独自の情報を含んでおり、貴重な史料と見なすことができる。

  4. 近年の欧米における研究

    近年の代表的な研究としては、まずForbesの著作があり、カシュガルやウルムチ駐在の英国領事の報告書(India Office Records, L/P&S/12, Collection 12)を大々的に利用して、省政府の政治的変遷・トルコ系ムスリム側の反乱活動の経緯からなる政治史を、外部の政治的条件への目配りのもとに詳細に解明している。また、ウルムチ駐在ウルムチ領事の報告を利用したBensonの著作は、「東トルキスタン共和国」を生んだイリ地区を中心とする反乱について、とくに反乱者が国民党と妥協して「東トルキスタン共和国」が名目的に解消した後の事態の推移を子細に描出する。ただし、これらの著作においては、トルコ系民族の運動とその背景をなす意識について、彼ら自身の残した史料に基づき究明するという姿勢は欠如している。

  5. 近年の日本における研究動向

    この空隙を埋めるような成果を挙げつつあるのが、日本における一連の研究である。まず、トルコからカシュガルに到来して近代的な教育運動を展開したアフメト・ケマルAhmet Kemalの回想録に依拠してトルコ系ムスリムによる民族運動の起点・系譜を掘り起こした濱田の画期的な仕事と、その延長として、ロシア領で発刊されていた定期刊行物を参照することによりカシュガルにおけるその後の改革運動の諸相を明らかにした大石の仕事を掲げねばなるまい。さらに新免は、「東トルキスタン共和国」の樹立へと繋がった1930年代のトルコ系ムスリムの反乱における指導者の活動や理念、それ以前の改革運動との繋がりを、当時カシュガルでトルコ系指導者によって発行された政治パンフや定期刊行物(いわゆるPrints from Kashgarに含まれる)、当時ホタンにおける反乱を指導した、著名なウイグル人民族主義者ムハンマド・エミン・ボグラMuhammad Emin Boghraの『東トルキスタン史』、また、『新疆文史資料Shinjang Tarikh materialliri』におけるトルコ系人物の回想録などから議論した。1930年代のカシュガルの状況をリアルタイムで伝える唯一の史料である、いわゆるPrints from Kashgar(カシュガルのスウェーデン伝道団印刷所で印刷された出版物。トルコ系住民による政治的出版物や新聞も含まれる)については、ヤーリング Gunnar Jarringによる紹介・目録を参照されたい。その後の1940年代の「東トルキスタン共和国」の政治的経緯を、国際状況への目配りとともに、新疆档案案所蔵のものなど、「東トルキスタン共和国」政府の関係文書に基づいて分析したのが王柯の著作である。

  6. 今後の課題

    今後期待される展開としては、未開拓の文書史料活用の進展であろう。新疆省政府関係文書へのアプローチは困難を抱えているが、中国中央政府側の文書史料は相当部分が利用可能になっている。しかし、当時の新疆省政府の自律性を考慮するならば、新疆の内部状況を把握するには、これらは限界があるであろう。むしろ、20世紀の前半に新疆で大きな影響力を行使していたソ連邦の史料、とくに政府文書の活用の方が先決課題だと思われる。中国国民国家形成期における辺境の真相、トルコ系ムスリムによる運動の性格に関して、新たな知見を与えてくれることは疑問の余地がない。

2.中華人民共和国期

  1. 中華民国期の新疆(1949〜)

    1949年、人民解放軍が進駐し、新疆が中華人民共和国に組み込まれた後の状況の特質を一言で言えば、国民国家中国の一部としての状態が固定化したということである。政治面においては、漢族を中心とする共産党の下での一元的支配が確立し、トルコ系諸民族の社会・文化も社会主義化のみならず、宗教面等における政策を通して、急激な変容を被った。イスラム法の通用する、いわゆる「イスラーム社会」は終焉することになる。また、「内地」から新疆への漢族の大量流入も、当地域が中華人民共和国の不可分の一部となったことにともなう政策の所産であると言えよう。「解放」直後にはウイグル族の20分の1にしかすぎなかった新疆における漢族の人口は、50年後にはウイグル族人口に接近し、人民解放軍を加えれば、ウイグル族人口を凌駕すると言われている。このような事情は、政治・社会・経済などあらゆる面における変動の主要な源のうちの一つとなってきたのである。

    文化大革命時代(1967〜70年代)には、民族的特徴やイスラム信仰など、トルコ系諸民族の独自性が圧殺され、彼らは困難な状況に陥った。しかし、80年代に入ると、民族・宗教政策の明確な変更にともない、イスラムの復権や民族文化の強調などが目立ってきた。また、「改革・開放」政策に沿う形で、辺境部の新疆においても経済発展が見られるようになった。しかし、90年におけるアクト県バリン郷のウイグル人と公安との衝突を始めとして、様々な事件が発生し、盛んに報道された1997年2月のイリにおける事件へと繋がっていく。他方、1991年のソ連邦崩壊・中央アジア諸国の独立は、隣接する新疆を取り巻く新規のアスペクトを生み出した。これら90年代の状況は、歴史学の研究対象としては新しすぎるかもしれない。

  2. 本格的研究の不足

    中華人民共和国期における新疆の歴史は、それが現在の政治的状況に直結している点、またこの時期に現地の社会・経済・文化に甚大な変化が引き起こされた点において、重要な意味をもつにも拘わらず、本格的研究は数少ない。その最大の原因は、利用できる根本的な史料がきわめて少ないということである。政府文書へのアクセスが不可能なのはもちろんのこと、トルコ系諸民族による記録、さらに当地域に常駐する外国人などの第三者による観察記録もほとんど見いだせない。ジャーナリストの50年代における訪問記(B.Davidson)など、偏向のかかった出版物がいくらか目に付く程度である。たしかに、新聞資料などはそれなりに有用な情報を提供するが、記事の内容は、基本的には、政府側が事態をどのように認識していると思われたいかを示している。史料としては一面的と言えるだろう。

    このような事情から、本格的な研究書は豊富とは言い難い。先駆的業績としては、マクミランや毛里の研究があるものの、扱われた対象の時期が限定されており、「解放」から現状までの全時間をカヴァーする見取り図が得られるわけではない。たしかに、中国の少数民族問題を扱う著書は幾つか書かれてきており、その中で部分的に新疆の問題も扱われているが、やや叙述が表面的で、具体的な状況についての分析を欠いていることが多い。日本においては、加々美光行の著作が、以前のトルコ系ムスリムの民族運動にも目を向けつつ、とくに文化大革命時代に少数民族が置かれた状況、その状況を作り出した体制側の思想的背景を剔りだす作業を行っており、貴重な業績である。

  3. 今後の課題

    今後、新しい研究が期待されるが、やはり史料面での困難がネックとなり続けるであろう。現地調査によるオーラル・ヒストリーの構成が可能な方法の一つかもしれない。しかし、最近の政治的状況を見ると、これとて先行きが明るいとは言い難いように思われる。当地域の歴史研究において、おそらくもっとも重要な意義を有している作業のうちの一つが、各時代におけるトルコ系諸民族の社会の実相とその変動のプロセスの様態を解明する試みであろう。しかし、これこそが、非常な困難を抱えていると言わざるを得ない。

    たしかに、新疆全般における経済面の各種統計数字はある程度得られるが、そのための最大の材料となるべき、当地域社会自体で残された文書史料へのアクセスに致命的な障害がある。そのかなりの部分が、いわゆる文革時代に破棄されたばかりでなく、残され、「現地」の研究者によって収集されたものも、新疆社会科学院宗教研究所などや新疆ウイグル自治区古籍弁公室などの「内部資料」として、外部の研究者(中国人研究者を含む)は目下のところ一切利用できないのである。このような状況が可能な限り早い時期に解消されることを願わずにはいられない。
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