T.新疆地域の特質と全般的な研究状況
こちらでは新疆という地域の特質と、新疆研究の状況と展望をテーマとしています。下記のメニューからそれぞれのコンテンツをご覧下さい。
- 新疆という地域
現在の中華人民共和国・新疆ウイグル自治区は、歴史上「シルクロード」の名の下に知られる東西交渉路の中心的な部分として重要な役割を担ってきた。その一方で当地域は、現代中国の民族問題の焦点地区としても時事的に注目を浴びつつある。1997年2月にイリで発生したウイグル人によると見られる諸事件との関連で新聞報道や論説が増加し、世間の耳目を集めたことは記憶に新しい。様々な視角より眺めるならば、新疆はどのような地域としてとらえうるだろうか。
- 言語・文化・歴史
まず、言語・文化的に言うならば、主要な民族のウイグル人をはじめとして、トルコ系の言語を用い、イスラム教を信仰する人々が、ここ数世紀にわたり居住してきた。19〜20世紀のある時期に当地域が「東トルキスタン」と称された所以である。彼らは、社会のあり方から言うならば、オアシス地域における定住民(農民・都市民)と、山地・草原部の遊牧民に分かれる。前者はウイグル人、後者はカザフ人やキルギズ人などである。これら二つの異質な社会の相互連関のダイナミズムを通して歴史が動いてきた。
- 地理的環境
自然地理的環境に着目すると、内的多様性には目を見張らせるものがある。常に白い雪を頂いた天山山脈が地域の背骨とも言うべく東西に峰々を連ねており、それを境として南側には広大なタクラマカン砂漠の中にオアシスが転々と連なる。北側には草原が広がっている。そしてこのような自然環境が、前述のような当地域の社会的様態を規定してきた面があることも見逃せない。
- 近現代における政治的状況
政治的には、18世紀に清朝による征服を被って以来、中国の枠内に位置し、現在は中華人民共和国の一自治区をなしている。1949年の中華人民共和国成立後、それ以前にはトルコ系のイスラム教徒諸民族が主要な住民であった新疆の社会・文化が甚大な変化を被ったことは否定できない。とくに新疆北部や都市部では「内地」からの移住によって漢族の人口が爆発的に増加し、現在は、ウイグル人に次ぐ人口規模になった。また、1980年代以後の「改革・開放」路線の登場以来、経済発展が顕在化し、ウイグル人など「先住民族」社会においても「近代化」や「都市化」が進行している。このような動向と並行する形で、一部の地区では、独特なマルチ・エスニックな社会・文化的環境が形成されつつある。
- ユニークな地域としての新疆
要するに、新疆は、言語・文化・宗教・地理的特徴などの面で旧ソ連領の中央アジアと多くの点で共通性をもつとともに、政治的には中国の一部となっており、このような条件に根ざして独自な社会・文化様態を醸成してきたと言えるだろう。ここを一つの地域として見た場合、極めてユニークな相貌が我々の眼前に現れている。
- 新疆研究の状況と展望
歴史的に見ると、新疆に相当する地域に関わる研究は、第2次世界大戦前においては、日本の国策に沿った戦略的観点からの時事的研究と、古い時代のいわゆる「西域」の文化や地理的考証などの研究に特化されていた感がある。第2次世界大戦後、人文系に限って見ても、漢文文献に基づく研究、ウイグル文書に関する研究など、部分的にはかなりの進展を見せたが、しかしながら、1970年代までは、現地へのアプローチが極めて困難であったため、現地の実際的な状況に即した調査・研究や現地所在の資料・遺物などに基づいた研究はまったく不十分なものであった。
- 近年における研究の進展
近年、新疆に関わる研究は、現地へのアプローチが容易となったことと連動して、著しい進展を見せている。毎年、新疆現地における調査研究がいくつも組織され、それは考古学(仏教遺跡の発掘)・歴史学(史料の共同研究)・言語学・教育学(日本との比較研究)・民族学・地理学(砂漠)・生物学・農学・医学など、広範な分野におよんでいる(「現地調査データ」のページを参照)。最近の現地調査の隆盛は、1970年代以前ならば、想像だにできない状況である。そういう意味で、新疆研究はこの10数年間ほどの間に従来とは次元を異にする段階に入ったと言ってよい。文化人類学・教育学・歴史学など人文系の分野においても、現地調査に依拠して一定の成果が挙がりつつあることは、特筆に値しよう。このような趨勢は、当地域を単なる中国の辺境地域や東西交渉路の一部とするような立場ではなく、現地語の資料を利用し、当地域の主要な住民の社会・文化に主眼を置いた研究が台頭してきた、という事情と照応するものである。歴史研究においても近現代をはじめとして、当地域がイスラム化され て以後の比較的新しい時代の歴史研究が、現地語の資料に基づいて飛躍的に前進している。
- 研究における連携の不足
ただ、気にかかる局面もある。このような諸研究が、内容面においても人的側面においても基本的には個別に展開しており、前述したような当地域の独自な地域性に即して、当地域を学際的・総体的に扱う研究の創出を見据えた、様々な分野にまたがる形における情報交換・交流のための人的基盤はいまだ存在していないことである。たしかに、新疆に関わる研究者・学生などが集い、ともに勉強・情報交換・交流する場として、「ウイグル歴史文化研究会」の活動が行なわれてきたが、分野が歴史など人文科学関係にある程度限定されているほか、主に東京近郊のメンバーによっており、規模も小さい。学術調査の場合も、同じ大学における複数分野の研究者が参加した調査グループは前例があるものの、同じ年に入る複数の調査グループの間でまったく連絡関係がないことも珍しくない。ある調査隊でのノウハウの類に関わる情報が、それ以後の別の調査において何らかの形で生かされていっているかどうか、甚だ心もとない。そのような情報の蓄積は、少なくともパブリックな形としては存在していないのである。
- メディア上における地域イメージの分裂
ひるがえって、様々なメディア上を拡散している新疆関連の情報・知識を眺めてみると、マスメディア・出版メディアにおいて流布している、ロマンティックな歴史的「シルクロード」のイメージと、最近の新疆における騒擾事件に関わる時事的な取りあげ方との間には著しい落差がある。両者をつなぐような、信頼のおける体系的な認識をマス・メディアにおいて求めるのは、現状では困難である。また、最近メディアとして大きく成長しつつあるインターネットにおいて「新疆」や「ウイグル」を検索しても、ホームページ上で新疆に関わる学術的な情報、また、現状やその背景に対する理解を深化させうるような知識を得ることは殆ど不可能である。そして、メディア上におけるこのような当地域の様態は、新疆に関わる研究の態勢とまったく無縁ではないように思われる。
- 新疆地域研究の必要性
当地域の現在は、激しい変動のただ中にある。いわゆる「民族問題」をはじめ、様々な問題を抱える一方で、1990年代に入り、中国における改革・開放政策によって経済発展が波及しつつあるだけでなく、ソ連の解体によって独立した、新疆と隣接する中央アジア諸国との往来が活発化するなど、新疆を取り巻く状況はとくに経済面で大きなうねりを見せている。このような新しいアスペクトを背景として、本地域と日本との関わりも今後、より拡大・深化の方向に向かうことが予想される。実際、日本人の新疆への留学、逆にウイグル人などの日本への留学が盛んになりつつあるなど、双方の人的交流は瞠目すべき増大傾向にある。また、日本企業が新疆においてビジネス・チャンスを求める動きも加速しつつあるように見受けられる。このような事態の推移は、その独自な地域性に即して当地域を学際的・総体的に扱う研究分野(仮称「新疆地域学」)の創出、それを人的に支える態勢の構築、研究成果の社会との共有化、というような方向性を将来的には求めているように思われる。
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